鎌倉発・ネットから生まれた手作りスモークチーズのお店(前編)
~北鎌倉燻煙工房(きたかまくらくんえんこうぼう)~

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「何から話しましょうか?今までいろんなことやってきたからね」-島津さんは、インタビューの冒頭で、そう言いながら、小さく切った手作りのスモークチーズとコーヒーを私たちに振舞ってくれた。
たしかに島津さんを一言で説明するのは難しい。
手作りスモークチーズのお店「北鎌倉燻煙工房」のオーナーであり、鎌倉の古民家再生ビジネスを手がける「鎌倉古民家バンク」の主宰者であり、シェアアトリエ「たからの庭」やシェアハウスの運営管理も手がけている。
「鎌倉移住のファシリテーター」として鎌倉をこよなく愛する島津さんに、自らプロデュースした「北鎌倉燻煙工房」の話を皮切りに、鎌倉の町に込めた想い、そして今後の展開についてお話をお伺いしました。

 

島津 健(しまづ たけし)

北鎌倉燻煙工房オーナー/
株式会社イメージプレゼンテーション代表取締役

プロフィール)
1961年生まれ。東京でマルチメディア制作のビジネスを手がけた後、30代で鎌倉に移住。
現在は、鎌倉らしさを大切にした移住支援事業を各種プロデュースしている。
鎌倉古民家バンク」を主宰する一方、鎌倉シェアハウス、シェアアトリエ「たからの庭」の運営管理をはじめ、2014年9月から鎌倉市扇ガ谷でクルミ入り手作りスモークチーズのお店「北鎌倉燻煙工房」をオープン。自他共に認める「鎌倉移住のファシリテーター」である。


フェイスブックがきっかけで生まれたフードなんです。

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 –燻製チーズのお店というのはユニークですよね。「北鎌倉燻煙工房」を始められたきっかけを教えてください。

島津:ある日、フェイスブックで繋がっている友達から、近所の人からたくさんクルミをもらったという連絡があったので、私もお裾分けしてもらったんです。
さてこのクルミをどうやって食べようかと思案している時に、そうだ、これはチーズに入れて燻製にすればうまいんじゃないか、というアイデアをひらめいてね。(笑)
試してみたらなかなかうまい。北鎌倉にある「たからの庭」という僕が運営する古民家のシェアアトリエハウスのイベントで、このクルミ入りスモークチーズを出したら、評判がよかったんですよ。

–クルミ入り燻製チーズは思いつきだった?

島津:そう、僕が発明したフードなんです。(笑)何かのレシピを見て作ったわけじゃないんですよ。ワッフル状に成形しているところなんかも僕のアイデアです。

–それでお店を出そうと?

島津:いやぁ、最初の段階からお店を出そうなんて思ってもいませんでした。
ただ、ネット上にお店を出したら自動販売機のように勝手に売れるかな、と思って試したりはしました。
そして、近くの商業施設などからイベント出展してみないかとお誘いを受けるようになって、試しで店を出してみたんですよ。大船のルミネとかね。
すると、これがなかなか好評でしてね。
僕も、フェイスツーフェイスでモノを売るのって楽しいな、とその時初めて思ったんです。
それで、毎回いろんな場所でイベント出展していくのも逆に疲れてしまうので、お店を持とうと。
今は、この今小路店とレンバイ(鎌倉市農協連即売所)内にある2号店の計2店舗で運営してます。

–「北鎌倉燻煙工房」の商品のこだわりを聞かせてください。

島津:スモークするための燻煙用チップには、北米の古いウイスキー樽を細かく粉砕したものを使ってます。
それを使っておよそ9時間くらい、チーズが溶けない温度で一晩じっくりとスモークしているのが特徴ですね。
また、最近は、メイン商品の胡桃入り手作りスモークチーズのほか、スモーク燻煙旨醤油やスモーク燻煙オリーブ油っていうのも人気があります。
この店の2階でまさに手作りでじっくり燻製してるんですよ。

 

東京でのマルチメディア制作から一転、鎌倉の移住ファシリテーターへ

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–島津さんのキャリアをお伺いしてもよろしいですか?

島津:学生時代から映像制作やイベント関連の仕事をしていまして、そのまま30代半ばくらいまでデジタル系の映像制作の仕事をやっていました。
まだデジタルで映像制作をするクリエイターが少なかったので、大変重宝がられました。都内に会社を構えていろんな制作の仕事を請け負っていました。
実は僕が手掛けたキャラクターが今でもテレビ番組に使われてたりするんですよ。

–今とは全く違う仕事だったんですね。どういった転機があったのですか?

島津:仕事の転機としては、僕が30才を過ぎたあたりから、マルチメディア制作関連の専門学校とかが出来始めて、どんどん若いクリエイターが世の中に出てきた頃かな。
クリエイターの数も増え、そろそろ僕のようなおじさんは出る幕はなくなってきたな、と思い始めたのです。
それと、子供が出来たことが大きかったですね。
今までずっとやってきたマルチメディア制作の仕事から離れて、地元の鎌倉で全く違った働き方ができないか、考え始めるようになりました。

 

30代後半からのストラグル(試行錯誤)、そして古民家との出会い。

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–鎌倉での働き方を考え始めたのは何才くらいの時ですか?

島津:35才くらいかな。実際、その時期にエクセルでこれからの人生の計画表を作ったりしましたよ。(笑)
当時、鎌倉の材木座に念願の一戸建てを建てた頃で、家づくりの実践者として、湘南で他の人の家づくりをお世話するコミュニティビジネスが出来ないだろうか?と考えはじめていたんです。
そして、鎌倉の優良な建築家、工務店と連携し、湘南に移住したい人の家づくりをサポートするコミュニティビジネスを始めました。
今考えると、新しい働き方を見つけるためのストラグル(試行錯誤)期間でしたね。
実際、20人くらいのメンバーが僕のサポートで家を建てました。

–そこからどのような働き方を見つけられたのでしょうか?

島津:ある日、知り合いから鎌倉の古民家の大家さんを紹介してもらったんです。
その物件を見た時に、「これを壊してはもったいない。この良さを守らなきゃ」と思ったんです。

そして「鎌倉の古民家を活かす町づくり」に、サブリースという手法を活用すれば、古民家再生に貢献できるのではないか、と考えるようになったんです。
「鎌倉古民家バンク」というコミュニティを立ち上げ、うちの奥さんにも宅建の免許をとってもらって、本格的にビジネスとして手がけるようになりました。

所有者から古民家を借り上げて改装して、定期借家契約でサブリースする。また、古民家を賃貸させる以外でも、例えば撮影用スタジオとして一般に貸し出すことによって収益を上げて維持管理をする。そんな形のビジネスです。
具体的には「たからの庭」という名前で、北鎌倉の再生した古民家をシェアアトリエハウスとして提供したり、いくつかの物件をシェアハウスの形態で運営したりしています。

そんな古民家再生の事業を手がけながら、この「北鎌倉燻煙工房」を立ち上げました。

後篇に続く。

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