百年続く物語を彫り、伝えていく。(前編)
鎌倉彫「後藤久慶」三代目当主

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「鎌倉彫」の歴史は古くて新しい。

鎌倉時代から仏像を作る傍らに仏具を手掛けてきた仏師たちが、明治時代初頭の廃仏毀釈の影響で仏像を彫る仕事を失くしてしまい、生活のために、それまで培ってきた技術を応用して、お茶道具や調度品を作り始め、現代の「鎌倉彫」のスタイルが確立された。
そして、後藤さんは、鎌倉彫「後藤久慶」の三代目であり、かつ運慶を始祖とする鎌倉仏師の29世孫にあたる。

「伝統で大切なことは、なぜ消えずに残ってきたのか、その理由を見据えて考え続けていくことだと思うんです」−後藤さんの力強い言葉の裏には、鎌倉彫の勉強を始めた矢先に先代の父を亡くし、先代の作品や、先代と仕事をしてきた職人、お客様と真摯に対話し続けることによって、その伝統を引き継いできた自負がある。

一方で、本名の「後藤慶大」で個人的に鎌倉彫をベースとした創作活動をしたり、伝統工芸、彫刻や現代美術といった別々の分野で活動する四人からなるアートユニット「eventum(エヴェントゥム)」の代表もつとめる。(2015年 6月20日 (土) から 7月5日 (日) 迄 アートユニットeventum による小品展「夏の支度−見立て七夕」を開催中。入場無料)

伝統を守りながら、新しい挑戦を続ける後藤さんに、鎌倉彫に込めた想い、そして「eventum」をはじめとする新しい創作活動についてのお話をうかがいました。

 

後藤久慶(ごとう きゅうけい)

鎌倉彫「後藤久慶」三代目当主

 

プロフィール)
1972年生まれ。
1994年に彫刻家小畠廣志氏に師事し、1998年に三代 鎌倉彫後藤久慶を継ぐ。
「鎌倉彫」の伝統を引き継ぎつつ、2002年からは従来の鎌倉彫のフィールドにこだわらない創作活動を本名の「後藤慶大」名義で開始。
2005年に福成三太と工芸作家ユニット「雪乃福」結成、2009年にアーティストユニット「eventum」結成と、現在に至るまで幅広い創作活動を展開している。

 

・鎌倉彫 後藤久慶 Facebookページ
https://www.facebook.com/gotokyukei

・Art Unit “eventum” Official Website
http://eventumarte.jimdo.com


 

自分に本当に合っているのか?鎌倉彫に対して、悩んでいた時期もありました。

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 –代々鎌倉彫をやられていた家にお生まれになったので、必然的に家業を継ぐ環境にいらっしゃったかと思いますが、幼い頃からそのような意識はありましたか?

後藤:漠然と「跡を継ぐんだろうな」という意識はあったのですが、幼い頃から具体的に何かやってたということはなかったです。

先代である父は、6歳から鎌倉彫の修行をはじめました。同じように、私が6歳の時に知り合いの美大の教授のところで絵の勉強をさせようと思ったようです。
するとその教授が、「この子が本当に絵をやってみたいと言う時まで待ったほうがいい」とおっしゃったんです。今、無理やり絵の勉強をさせてもし、嫌いにでもなったら、それこそ跡を継ぐことはできませんよ、と。

その教授の話に納得した先代は、私が興味を示すまで待つことにしたようです。
そして、そんな親の想いを知らない私は、鎌倉彫に興味を示すことなく、他の子と同じように子供時代を普通に楽しんでいたという感じでして。(笑)

–いつから「鎌倉彫」を継ぐ修行を始めたんですか?

後藤:高校に入ることになった15の春ですね。先代が「これからお前、どうするんだ?」といきなり聞いてきたんです。

–とうとうしびれを切らした感じですね。(笑)

後藤:ええ。(笑) 先代としても義務教育も終わったし、そろそろだと思ったんでしょう。私も、実は自分の進路を考え始めた頃だったので、ちょっとやってみようかな、と思い始めていたんです。

そして、高校に通いながら近所の美術予備校に入って絵の勉強をし始めました。
確かに、面白いな、楽しいなと思う時もあったんですけど、いざ始めたら、何度も嫌になっちゃいましてね。(苦笑)

–どういうところが嫌になったんでしょうか?

後藤:絵を描くのは確かに面白いのですが、その先「鎌倉彫」を継ぐことについて、自分に合っているのかな?やりたいことなのかな?と考えるようになっていたんです。

実は、当時美術予備校で知り合った先生たちは、銀座のギャラリーに個展を出したり、海外に進出したり、私の目から見ると、かなり派手な動きをしていて、そんな世界があるんだ、かっこいいなと憧れるようになっていたんです。私もそんなことをやってみたいな、と。

一方で、私が継ぐ「鎌倉彫」に対しては、古くさく、地味なイメージがあって、この先それを職業にして本当に大丈夫なんだろうか?と思い始めていたのです。

 

先代の作品の凄さにはじめて気づいた時、鎌倉彫に向き合う覚悟ができました。

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–そんな状況から、どのようにして実際に鎌倉彫を継がれることになったのでしょうか?

後藤:高校卒業後、美大を目指して浪人していた矢先に先代が亡くなってしまって、状況が一変してしまったのです。

大学生だったら、まずは大学を卒業して、という考えになったかもしれませんが、浪人でしたからね。とても宙ぶらりんな状態な訳です。そこで、鎌倉彫を継がざるをえない状況に急に自分が置かれたんですよね。自分に合っているか?とか、やりたいことなのか?とか考えていられない状態です。
「明日からどうやって生きていこうか?」というのが正直な気持ちでした。

そして大学進学はあきらめて、彫刻家の小畠先生の工房に入れていただいて、彫刻の勉強を一から始めたんです。

–大きな人生の転機だったんですね。

後藤:小畠先生の工房で修行をはじめて、しばらく経った頃、たまたま実家に立ち寄って、先代の作品を何の気なしに手にとって眺めてみたんですよ。

その時、今までに感じたことのない、先代の作品の凄さにはじめて気づきましてね。よく見ると、どれもこれも、結構、凄いんですよ。古いとか古くないとか言う以前に、作品として、かなり凄い。私もその道に入ることによって、初めてその凄さに気づいたんです。
凄すぎて尻込みするというか、「鎌倉彫」をやるには、もっと真剣にやらなきゃいけないなと、その時、痛切に感じました。そこから私の「鎌倉彫」に対する意識も大きく変わったんです。

 

先代が残してくれた作品と教え、そして職人さんとのつながり

写真:二代 後藤久慶の代表作 『仏衣』

写真:二代 後藤久慶の代表作 『仏衣』

–先代がお亡くなりになった後、具体的にどのようにして鎌倉彫を勉強されたのですか?

後藤:小畠先生の工房で立体の彫刻の勉強をした後、先代と一緒に仕事をした職人の方たちに助けられながら、鎌倉彫を勉強していきました。

勉強といっても、職人の方たちは手取り足とり教えてはくれない。先代の作品の見よう見まねで彫った品を、まずは先代と仕事をした職人の方に見せに行ってコメントをもらうわけですよ。
例えば、塗りの職人さんに自分の作った品を見せにいった時、その職人さんは目を閉じてしばらくずっとその作品を触っているんですよ。すると、一言「お父さんのほうが彫りが柔らかいね」とおっしゃる。これって、ダメ出しなんですよね。(苦笑)

そして、その言葉を頼りにまた自分の鎌倉彫を探っていく、そんな日々でした。

そんな出会いの中で、いろんな職人さんやお客様から「お前の親父さんはこんなことを言ってたよ」とか、「お前の親父さんはこんな人だったよ」という話を聞けたのは、今となっては私の中での貴重な財産ですね。

–後になって知ったり、気づいたりすることも多かったんでしょうね。

後藤:実は、15歳の時に彫刻をやる、という話をしたら、今まで旅行に連れて行かなかった先代が急に京都と奈良に私を連れてってくれたんです。一週間ぶっつづけの仏像めぐりの旅です。(笑)

–継いでくれることがよほど嬉しかったんでしょうね。

後藤:ええ。(笑) そのツアー中、いろんな仏像を見学させられて「いいか、この仏像のここを見ておけ」とか「この感覚を覚えておくんだぞ」とかいろいろと大切なレクチャーを受けた訳です。

当時はなんとなくしかわからなかったのですが、実際、鎌倉彫を彫る段になってふっとその記憶がよみがえって、あぁ、そういうことを言いたかったんだ、とやっと気づいたりすることがありました。

振り返ってみると、先代が私に伝えたかった本質や意味に、後になって気づくということが多い気がします。

後篇に続く。

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